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コラム

世界の中の日本
社会・教育
世界の中の日本 百年に一度のOpportunity(注:好機)とBreakthrough(注:突破)
富士梶@代表取締役 眞柄泰利
2.ライフスタイルで定義する新たな市場

  そんな状況の中、私自身は、15年間務めた外資系IT企業を昨秋退社し、中国を製造工場としてではなく、市場としてとらえるビジネスを興す決意をした。

 なぜ中国か?

 これまで、日本では、隣国の中国を主に製造工場と位置付けていた。そして、苦い経験も含めて実に多くの経験をしてきた。一方で、2002年以降、私自身が、中国を市場ととらえた側面から得た知見は、全く別次元、違う顔の中国であった。
 それは、インターネットを通して日本の安心安全高品質に関わる情報が、主に沿岸部に住む3億人余りのインターネットユーザ=所謂、富裕層の手元に届き、彼ら自身が情報をスクリーニングし、既に、『日本ブランド』が、日本人の手を離れて彼らの定義として確立しているということである。(中国では、さらに将来富裕層にレベルアップする層として2億人の中間層が富裕層と同じライフスタイルを志向していると言われている。この2億人を含めれば5億人の巨大市場である)

 こうした流れの中、天安門世代あるいは、80年代に生まれた「80后(注:バーリンホゥと読みます)」と呼ばれる世代、そして、これまで私自身が仕事をしてきた30歳代ー40歳代の中国大手企業のマネージメント層のライフスタイルは非常に日本に近寄っていると感じていた。
前職において、ブランドづくりや新しいライフスタイルの提案は、新規市場開拓にとって、切っても切り離せないことを実感した。そして、これには莫大な費用を投じずして実現しえないことも理解した。わが国では、60年代から70年代にかけて、米国から格安で配給を受けたTVドラマや映画を通して、大きなリビングルーム、冷蔵庫、テレビ、車などに憧れを抱き、我々のライフスタイルは米国化していった。並行して開催された、64年の東京オリンピックから70年の大阪万博の流れで国際社会の一員となる過程は、現在、中国がたどっている道と酷似している。ただし非常に大きな違いは、ライフスタイルの変化のスピードである。